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東京高等裁判所 昭和47年(行コ)64号 判決

東京都中央区日本橋本町四丁目一番地

控訴人

熱海観光土地企業株式会社

右代表者代表取締役

伊藤正義

右訴訟代理人弁護士

丸山輝久

正田茂雄

東京都中央区日本橋堀留町二丁目五番地

被控訴人

日本橋税務署長 寺崎五郎

右指定代理人

前蔵正七

佐々木宏中

内海一男

中川和夫

右当事者間の昭和四七年(行コ)第六四号源泉所得税告知等取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原判決を取り消す。

被控訴人が控訴人に対してなした昭和四三年一月八日付日法源特第一、八九四号による源泉徴収所得税の本税三五〇万七、一九二円の納税告知および不納付加算税三五万〇、七〇〇円の賦課決定処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴会社代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人指定代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。

控訴会社代理人は、次のとおり述べた。

控訴会社は、資本金五〇万円であり、従って本件土地を購入する資金は、他人資本たる借入金による以外に方法がないことは明らかである。しかるに本件処分および審査段階においても、新日本紡績株式会社からの売却代金の入金経路および流出経路のみを調査して、肝心の本件土地取得に必要な資金の調達については何ら調査していない。

被控訴人指定代理人は、次のとおり述べた。

控訴会社自体として事業資金に乏しく、資金を専ら伊藤薫からの借入れに依存していたとしても、雲野誉三と控訴会社との共同事業の構造、右薫の資金の回収方法に関する約定の内容、控訴会社の設立に伴う同会社と薫との間の右資金に関する債権債務関係の内容などの諸事情についてなんらの立証がないのであるから、単に、控訴会社がその事業資金を専ら薫に仰いでいたということのみをもって、直ちに本件約束手形が控訴会社の薫に対する債務の弁済として、控訴会社から伊藤正義に交付されたものであるとはいえない。

また、甲第一〇号証および第一三号証は、昭和三八、九年頃作成されたものかどうか明らかでなく、かつ、その記載内容に照しても正義と薫との間における五〇〇万円の資金に関する債権債務関係の内容を証するものとはいえず、他に控訴会社の主張を裏付けるなんらの証拠もない。さらに付言すれば、当時薫が正義から借入れまでして雲野誉三に送金する必要はなく、正義が調達したと称する五〇〇万円の資金源が明確でないのであって、これによれば控訴会社の主張するような債権債務の発生する余地も全く認めることはできないというべきである。

証拠として、控訴会社代理人は、当審証人木内信雄の証言、当審供述、当審における鑑定人長野勝弘の鑑定人長野勝弘の鑑定の結果中甲第一〇号証に関する部分を援用した。

理由

一、請求原因一の事実(本件処分があったことおよび審査請求を経たこと)は、当事者間に争いがない。

二、控訴会社が昭和四〇年九月六日、本件土地を新日本紡績株式会社に売却し、同日その代金の一部として本件約束手形を受領したこと、右約束手形の満期以後、右手形金が正義によって有限会社三協商事の名義を使って取り立てられ、原判決添付別表記載のとおり運用され、結局、控訴会社の資産を構成していないことは、当事者間に争いがない。そして右争いのない本件手形金の運用の経過をみると、そのうち五〇〇万円については、最終的に正義個人の銀行に対する借入金と相殺されているのであるから、これが正義個人の金銭として運用されたことは明らかであり(この限りにおいては控訴会社もこれを争っていない。)、残額三〇〇万円も、有限会社三協商事および有限会社三友はいずれも正義が代表者となっている会社であること(原審における控訴会社代表者尋問の結果により認められる。)、「五十嵐登志子」は正義の妻とし子の旧姓であること(右事実は当事者間に争いがない。)とも併せ考えれば、預金が引出されるまでは、正義個人の金銭として運用されたものと一応推認することができる。

従って、本件の主要な争点は、はたして控訴会社の主張するとおり、本件手形は、控訴会社の薫に対する債務の弁済として、控訴会社から同人に交付されたものであるか否か、そして右主張を支える事実として、正義は、薫の代理人としてこれを取り立て、運用したものにすぎず、内金五〇〇万円は、薫に対する貸金の返済を受けたものであるか否かに尽きるものということができる。

三、1 いずれも成立に争いのない甲第三号証、同第六ないし第九号証、同第一八号証、同第二四号証、乙第一、二号証、同第三号証の一、二、同第四ないし第七号証、同第八、九号証、同第一一号証、当審における鑑定人長野勝弘の鑑定の結果により成立が認められる甲第一〇号証、原審証人雲野誉三、同大宮知之、同大橋重幸、当審証人木内信雄の各証言、原審における控訴会社代表者尋問の結果によれば、

(1)  控訴会社の代表者伊藤正義の父薫は、昭和三五年以前頃、伊豆山の別荘を買入れるについてその仲介をした縁で熱海市の不動産業者雲野誉三を知り、それ以来いわゆる金主として同人に不動産売買の資金を融資する間柄となった。昭和三七年八月二〇日頃、右両名は、転売して利益をうる目的で共同して、東京観光企業株式会社から本件土地を代金五、四七一万円で買受け、右両者間では出資および損益分配は、薫が一、雲野が二の割合とすることとした。右代金の支払いは、前記売買契約によれば、契約締結と同時に手付金として一、五〇〇万円、残額三、九七一円は同年一二月末日までに支払う、たゞし九〇日毎に手形を差し入れ、六ケ月間の延長をすることができる旨の約定であったが、薫らは、残額三、九七一万円は期限までに支払うことができず、約旨に従って手形を差し入れて期限の延長を受け、内金二、四九一万円は、昭和三八年三月一日、雲野所有の土地を株式会社後楽園スタヂアムに売却した代金(ただし内金一万七、五八〇円は別途調達)より、残額一、四八〇万円は同年七月四日に支払った。そして薫は、第一回および第二回の各支払代金についてそれぞれ三分の一に当る五〇〇万円および八〇〇万円を調達して、負担している。

(2)  薫は、昭和三八年六月一八日、本件土地についての前記共同事業を処理するため、自ら代表者となって資本金五〇万円で控訴会社を設立した。昭和三九年薫は、その経営するロイド株式会社の保証債務のため破産の申立を受けたので、同年一一月三〇日、正義が代って控訴会社の代表者となったが、同会社の経営に関与することはなかった。もっとも控訴会社自体も登記簿上の本店所在地には事務所はなく、熱海市の雲野の事務所で事務は処理されていたが、本件土地を新日本紡績株式会社に売却する以外、何らの営業活動もしていなかった。そして特に商業帳簿の備付け、決算書類の作成等もなく、本件税務調査が開始されてからそれに応ずるため、正義が公認会計士大宮知之に依頼して財務諸表(乙第七号証)ならびに仕訳伝票および総勘定元帳(甲第四号証の一、二)を作成する状態であった。なお、薫らは、本件土地について昭和三七年八月二二日、薫名義で所有権保全仮登記、昭和三八年七月、控訴会社名義で所有権移転登記を経由した。

(3)  控訴会社および雲野(売却直前に本件土地の登記簿上の所有名義を薫が代表者となっている有限会社三和に変更したので、形式上は同会社が売主となっている。)は、昭和四〇年九月六日、本件土地を新日本紡績株式会社に代金一億一、七〇〇万円(その支払方法は、同年八月二六日現金一、〇〇〇万円(手附金)、同年九月六日現金三、〇〇〇万円、手形額面金額二、四〇〇万円を支払ったほか、残額五、三〇〇万円は同会社らが控訴会社らに売却した土地代金と相殺勘定)で売却した。

本件手形は、右額面金額合計二、四〇〇万円(五〇〇万円三通、六〇〇万円および三〇〇万円各一通)のうち額面金額五〇〇万円および三〇〇万円各一通であって、額面金額六〇〇円の手形を除くその余の手形は、いずれも名宛人有限会社三和から雲野に裏書され、本件二通の手形は、雲野からさらに有限会社三協商事に裏書されている。

なお、新日本紡績株式会社らから購入した不動産は、三、三〇〇万円と評価して、雲野に売却することにより共同事業を精算した。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2 以上認定事実によれば、薫と雲野は、共同で出資して本件土地を取得し(その共有持分の割合は、薫は一、雲野は二)董は、右買受代金完済直後に、右共同事業を処理する目的で設立した控訴会社に右持分を譲渡したものというべく特に薫が右持分を同会社に現物出資したとか、もしくは、無償で譲渡した事実の認められない本件においては、少くとも取得原価(買受代金に必要経費を加算したものの三分の一、従って一、八二三万六、六六六円以上)で譲渡したものというべく、右譲渡代金は、控訴会社の薫に対する債務として処理されたと考えられ、そして薫と控訴会社間においては、その弁済の方法、時期、利息等について特に定められた事実を認めるに足る証拠はないけれども、控訴会社が本件土地の売却以外の営業活動をしておらず、従って他に返済資金がないことおよび薫が控訴会社を設立した前記目的よりすれば、将来本件土地の売却代金より控訴会社の受ける分配金により控訴会社の薫に対する前記債務を弁済する定めであったと解するのが相当である。してみれば、控訴会社が本件土地の売却代金の分配として受領した本件手形について、薫が控訴会社に対する前記債権の弁済の一部として、手形上の権利を取得したものと推認するのが相当である。

四、ところで本件手形金を正義が取り立て、運用したことは、理由冒頭掲記のとおりであるので、前記推認を覆えし、本件手形金が薫に帰属することなく、直接正義に帰属したものであるか否かについて、さらに検討を加える。

1  手形金五〇〇万円について

控訴会社は、正義が昭和三八年二月二五日、薫に本件土地代金支払いのため振出した手形決済資金として五〇〇万円を貸し渡したので、本件手形金中より五〇〇万円をその弁済として受領したものであると主張する。

(一)  正義が昭和三八年二月二五日、富士銀行中野北口支店の妻とし子名義の普通預金から六〇万円、株式会社青葉商会名義の普通預金から四〇万円を払戻したことは、当事者間に争いがなく、右争いのない事実、前掲甲第三号証、同第一〇号証、成立に争いのない同第一号証、原審証人伊藤とし子、同雲野誉三の名証言、原審における控訴会社代表者尋問の結果によれば、正義は、昭和三八年二月初旬頃、薫より前記手形決済資金として五〇〇万円の融通方の依頼を受け、同月二五日、前記銀行より自己、妻および子供名義の定期預金を担保に貸付を受けた三〇〇万円、前記普通預金より払戻した一〇〇万円に手許金一〇〇万円を加え、合計五〇〇万円を薫のいゝつけどおり右同日、同銀行より駿河銀行熱海駅前支店の雲野の口座に電信送金したことが認めらえる。

(二)  もっともいずれも成立に争いのない甲第二号証の一、二、乙第五、六号証によれば、前記伊藤とし子および株式会社青葉商会名義の各普通預金口座に、前記払戻日と同日にそれぞれ払戻金額と同額が小切手により入金されていること、右小切手による入金は、薫が代表者をしているロイド株式会社振出にかゝる額面一〇〇万円の小切手(記号A0043146)が六〇万円と四〇万円とに分割されて、右の各普通預金口座に入金されたことが認められるけれども、原審における控訴会社代表者尋問の結果によれば、右小切手による預金口座への入金は、薫を通じてロイド株式会社に融資した金員が返済され、入金されたものであることが認められるのであって、前記認定事実から直ちに、被控訴人の主張する如く、預金の払戻は、ロイド株式会社振出小切手を現金化するための措置であって、薫に融通するためのものではないと推論することは困難である(前掲甲第二号証の一、二によれば、右小切手は、不渡にならず、決済されたものと認められ、また、小切手を単に現金化するためならば、振出人の取引銀行で現金化すれば足り、手形と異り、小切手を直ちに銀行に振込まれては、これに基き融通を受ける利益は乏しいものと考えられる)。

被控訴人は、また、薫には当時借入れまでして本件土地代金を雲野に送金しなければならない事情にはなかったとも主張する。本件土地代金については、雲野がその所有土地を売却して得た代金の支払として受取った小切手額面二、四八九万二、四二〇円および現金一万七、五八〇円合計二、四九一万円を昭和三八年三月一日に支払ったことは、前認定のとおりであるけれども、薫としては、その負担部分としての三分の一を支払う義務があったのであり、雲野が本件土地の売主である東京観光企業株式会社に対し、第二回分の支払いを済ませたからといって、共同事業者として薫にその負担額を調達する必要がなかったものということはできない。

(三)  してみれば、前記認定の事実関係のもとにおいては、正義が昭和三八年二月二五日、薫に五〇〇万円を貸与していたので、本件手形金中より同額の弁済を受けたものと認めるのが相当である。

2  手形金三〇〇万円について

控訴会社は、手形金残額三〇〇万円は、正義より薫または妻に手交され、その生活費、療養費にあてられたと主張する。

原審における控訴会社代表者尋問の結果により成立が認められる甲第五号証および同代表者尋問の結果によれば、正義は、本件手形金を取り立て、理由冒頭掲記のとおり運用したのであるが、昭和四一年七月一〇〇万円、同年一〇月三一日に二〇〇万円の各払戻を受け、同年七月一一日および一一月九日の二回にわたって前記各金員を生活費または療養費として薫またはその妻に交付していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、正義は本件手形金の取立後(本件手形の満期日がいずれも昭和四一年六月三〇日であることは前掲乙第一一号証により認められる。)、短期間、薫の代理人としてであるか否かはともかくとして二〇〇万円を運用していたとはいえ、結局右三〇〇万円は終局的には薫に帰属したものということができる。

3  結局本件手形金八〇〇万円のうち五〇〇万円は、薫の正義に対する借入金の返済にあてられ、残額三〇〇万円も正義から薫に返却されたのであるから、正義が薫の代理人としてであればもとより、そうでないとしても、本件手形を受領して、前記の如く運用したことをもって、本件手形金が薫に帰属していないとして前第三項説示の推認を覆えすに足らないものというべく、他に前記推認を覆えすに足る証拠はない。

五  以上の次第であるから、本件手形金八〇〇万円のうち七三〇万円が控訴会社より正義の個人資産に移転されたものと認め、これを賞与として正義に支給されたものとしてなした本件処分はいずれも違法であるから、これの取消しを求める控訴会社の本訴請求は、いずれも相当であって、これを認容すべきである。

よって右と判断を異にする原判決は不当であって、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 裁判官 野田愛子)

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